パリでお仕事
初めてフランスを訪れたときに、一目ぼれしたこの街で
暮らしたい、仕事したい
4: お給料はいくら欲しい?
DATE : 2007-08-09-Thu  Trackback 0  Comment 0
まさかその場で採用の結果をもらえるなんて思ってもいなかったので、かなり驚いた。そしてその後、すぐに社長が言った言葉にまた驚いた。

「お給料はいくら欲しい?」

へっ!?お給料ってそっちが決めるもんじゃないの!?

「お給料って私が決めるんですか?」
「そうだよ」
「日本では自分で決めないので、決めて下さい」
社長は笑いながら言った。
「ここはフランスだよ、決めていいよ」。

そうだ、ここはフランスだ。困った。そりゃたくさん欲しいというのが本音だけれど、厚かましいことは言っていられない。私を採用してくれただけでもありがたいのだから。
私は、SMIC(最低賃金)でいいと言った。社長は驚いた表情で言った。

「でも、パリで一人で生活していかないといけないんだろう?家賃も食費も、たまには友達と遊ぶお金も必要だろう?」
「はい、でも・・・」

確かに、SMICでは生活が苦しい。高い家賃と食費だけで精一杯で、遊ぶお金なんてとんでもない。きっと日本の貯金に手をつけないといけなくなるだろう。けれど、厚かましいことは言えない。私は困った。

考えこむ私を見て、社長は副社長と早口で何やら話し合い、私のお給料を決定したらしかった。あとで契約書にサインをするとき、書面に書かれたお給料を見てびっくりした。それは社長たちの心温かい配慮だった。SMICでいいと言った私だったのに、ちゃんと普通に生活していけるだけのお給料にしてくれていた。

「フランス企業で社員としてフルタイムで働き、その稼ぎだけで生活する。日本の貯金には手をつけない」が達成できる!! 1996年に初めてフランスを訪れたときに足を運んだブティックで、約10年後の自分が働くことになるなんて思ってもみなかった。
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3: 社長との面接
DATE : 2007-07-18-Wed  Trackback 0  Comment 0
翌日、朝から面接。遊びの約束のときは遅れるのが普通のフランス人だけれど、面接となればもちろん別。遅れるわけにはいかない。

方向音痴の私なので、迷うことも想定してかなり早めに家を出たら、思ったよりも早く着きすぎてしまった。近くの公園のベンチで小鳥のさえずりを聞きながら気持ちを落ち着け、いざ出陣。ベルを鳴らす前に大きく深呼吸したけれど、どきどきは止まらない。

面接は、社長と副社長だった。まず初めに「あるひとことが履歴書に書き添えてあった」と社長。それは、私が履歴書を持って行ったときに対応してくれた女性の名前と共に書いてあったひとことで、それを見てびっくりした。
「Bonne impression」(良い印象)。

履歴書を持参する人ははっきり言ってたくさんいて、目にも留まらずスルーされてしまう確率はとても高い。彼女のひとことのおかげで、私の履歴書が社長の目に留まったと言っても過言ではない。彼はすぐに、言葉を書き添えた本人や他の人に電話をかけ、私の印象を確認。そして、私は晴れて面接を受けることが出来るようになったというわけ。彼女の書き添えたひとことのおかげでもあり、社員に信頼をおいている社長だったからこそでもある。今から思えば、履歴書を持参したときのちょっとした会話が、実質の一次面接のようなものだったのだなと思う。

社長と副社長を目の前にして、私の緊張はマックス。普段ならどうってことないフランス語のフレーズもままならない状態で、「フランス語力が足りない」と不採用になるのではないかとびくびくしたけれど、なんとかクリア。どうしてここで働きたいのか、ここでやっていきたいことは何か、日本での仕事のこと、ビザの期限などを聞かれた。そして驚いたことに、その場で採用の言葉を頂くことが出来た。
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2: いざ突撃訪問!
DATE : 2007-07-04-Wed  Trackback 0  Comment 1
生活資金の底が見えてきた焦りから、目の前にあった日本人に囲まれてのアルバイトに飛びついてしまった私。自分の目標とは違う方向に向かっていることにはっと気付き、気持ち新たに再び就職活動をしようと決意。

早速、その日の夜から動き始めた。何に苦労するって、フランス語での志望動機書だ。とにかく自分の熱意を込めて書き上げた。例え少し文法の間違いがあったとしても、そのへんはご愛嬌ということで(笑)。

翌日の朝、まず一番気になる企業に電話を入れてみた。特に今は人員募集をしていないが、興味があれば履歴書を郵送してくれとのこと。私は、ここフランスでは外国人というハンディを背負っているのだから、自分自身を売り込むためには、郵送ではなく訪問するのが一番だと思った。午後、履歴書と志望動機書を片手に、いざ突撃訪問!

「午前中に電話をくれたのはあなたね」と、笑顔の女性が対応してくれた。そしてその後、その他の数人とも話した。最後に「採用の決定をするのは私たちではないので、あなたの履歴書を本社にFAXしますね。社長が履歴書に興味を持ったら、1週間以内に面接の連絡があります」と言われた。

募集をしていないのだからダメだろうな・・・そう思って半ばあきらめ、次なる作戦を考え始めていた。頭を抱えて悩みながらうたた寝をしていた2日後、突然携帯電話が鳴った。寝ぼけたまま出てみると、それは面接の連絡。夢なのではないかと思った。しばらくは現実を理解するのに時間がかかり、少しパニックになった。そのときの私は怪しいフランス語を連発していたのではないかと思う。面接をしてもらえる!熱意が通じた!まだ採用になったわけではないのに、嬉しくてどきどきが収まらなかった。
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1: 仕事への第一歩
DATE : 2007-06-26-Tue  Trackback 0  Comment 0
2005年、ワーキングホリデーでフランスでの念願の「社会人生活」を実現した。

ワーキングホリデービザは、働く権利があるという貴重なもの。但し、一年間のみ、延長不可、一生に一回。外国人である限り、就労するには常につきまとうビザ問題。けれど、これは「働ける権利」のある宝物のようなビザ!最大限に活用したかった。

日本の貯金には手をつけずにフランスでの稼ぎだけで生活するという目標をたてた私は、「仕事が見つからなかったら帰国するしかない」という意気込みで、ワーキングホリデー最低所持金額と定められている2,500ユーロだけを握りしめてフランスへ飛び立った。1年間フランスに滞在するなんて到底思えない、なんとも心細い金額。皆には「怖いもの知らずだ」と散々言われたけれど、何とかなる気はしていた。

フランスに到着し、やっとのことでアパートを見つけ、いよいよ仕事探し。「人間」が大好きな私は、人と接する仕事に的を絞った。ところが、所持金が減ってきていて焦っていたこともあり、私は早まった行動に出てしまった。「フランス人に囲まれて」「社員としてフルタイムで」という条件を掲げていたはずなのに、日本人向け新聞で見つけたアルバイトに飛びついてしまったのである。これでは日本でアルバイトをしているのとあまり環境が変わらない。しかも、その稼ぎだけでは生活していけるわけがない。初日の研修ですぐにふと我に返った。

「無給の研修期間のうちに、目標の仕事を見つけなければ!」考えを巡らせると、働きたいところとして私の中に2つのフランス企業が思い浮かんだ。求人しているかどうかは定かではない。けれど、そのときすでに、履歴書と志望動機書を持って突撃訪問することを決意していた。そう、まだやり直しはきく!これからが本当の勝負。
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