面接の2日後が、私のフランスでの社会人デビューの日となった。11年前に初めてフランス旅行に来たときからお客さんとして訪れていたところで、今度は自分がお客さんを迎え入れることになったのだ。
興奮しすぎて、目覚まし時計の設定時間よりもしっかり早起きをしてしまった私は、かなりの余裕を持って家を出た。早く到着したので、職場の近くのカフェでエスプレッソを飲むことにした。白いシャツに黒いズボン、黒いエプロンをつけたムッシュたちがきびきびと働く、気持ちのいいカフェ。「よい一日を!」と笑顔で見送られ、こちらも自然と笑顔になった。カフェのムッシュたちに「よしっ、頑張ってこい。リラックス!」と背中をポンと押してもらった気分になり、緊張が少しほぐれた気がした。
職場に入ると、私の顔を見るなり、みんなはアッという顔。「やっぱりあなただったのね!」そこにいたのは、履歴書を直接持参したときにすでに顔を合わせていた人たち。新しい人が来る、と知らされていただけで、彼女たちはそれが誰なのかは知らなかったそうだ。
私はどちらかというと度胸が据わっているほうだと思うのだけれど、そんな私でも、外国人として外国で働くことに不安もあった。けれど、このときのみんなの笑顔にそんな不安はいっきに吹っ飛んだ。包み込むように迎え入れてくれて、心からほっとした。「よかったわね、ここで働けることになって!」という彼女たちに、心からの感謝の気持ちを込めて言った。「あなたたちのおかげです!」
本当にそうなのだ。社長に私の履歴書をFAXする際に「よい印象」と書き添えてくれていたり、電話で「とてもやる気のありそうな子だった」と社長に言ってくれたり。まさに、みんなのおかげ、だったのだ。
興奮しすぎて、目覚まし時計の設定時間よりもしっかり早起きをしてしまった私は、かなりの余裕を持って家を出た。早く到着したので、職場の近くのカフェでエスプレッソを飲むことにした。白いシャツに黒いズボン、黒いエプロンをつけたムッシュたちがきびきびと働く、気持ちのいいカフェ。「よい一日を!」と笑顔で見送られ、こちらも自然と笑顔になった。カフェのムッシュたちに「よしっ、頑張ってこい。リラックス!」と背中をポンと押してもらった気分になり、緊張が少しほぐれた気がした。
職場に入ると、私の顔を見るなり、みんなはアッという顔。「やっぱりあなただったのね!」そこにいたのは、履歴書を直接持参したときにすでに顔を合わせていた人たち。新しい人が来る、と知らされていただけで、彼女たちはそれが誰なのかは知らなかったそうだ。
私はどちらかというと度胸が据わっているほうだと思うのだけれど、そんな私でも、外国人として外国で働くことに不安もあった。けれど、このときのみんなの笑顔にそんな不安はいっきに吹っ飛んだ。包み込むように迎え入れてくれて、心からほっとした。「よかったわね、ここで働けることになって!」という彼女たちに、心からの感謝の気持ちを込めて言った。「あなたたちのおかげです!」
本当にそうなのだ。社長に私の履歴書をFAXする際に「よい印象」と書き添えてくれていたり、電話で「とてもやる気のありそうな子だった」と社長に言ってくれたり。まさに、みんなのおかげ、だったのだ。
まさかその場で採用の結果をもらえるなんて思ってもいなかったので、かなり驚いた。そしてその後、すぐに社長が言った言葉にまた驚いた。
「お給料はいくら欲しい?」
へっ!?お給料ってそっちが決めるもんじゃないの!?
「お給料って私が決めるんですか?」
「そうだよ」
「日本では自分で決めないので、決めて下さい」
社長は笑いながら言った。
「ここはフランスだよ、決めていいよ」。
そうだ、ここはフランスだ。困った。そりゃたくさん欲しいというのが本音だけれど、厚かましいことは言っていられない。私を採用してくれただけでもありがたいのだから。
私は、SMIC(最低賃金)でいいと言った。社長は驚いた表情で言った。
「でも、パリで一人で生活していかないといけないんだろう?家賃も食費も、たまには友達と遊ぶお金も必要だろう?」
「はい、でも・・・」
確かに、SMICでは生活が苦しい。高い家賃と食費だけで精一杯で、遊ぶお金なんてとんでもない。きっと日本の貯金に手をつけないといけなくなるだろう。けれど、厚かましいことは言えない。私は困った。
考えこむ私を見て、社長は副社長と早口で何やら話し合い、私のお給料を決定したらしかった。あとで契約書にサインをするとき、書面に書かれたお給料を見てびっくりした。それは社長たちの心温かい配慮だった。SMICでいいと言った私だったのに、ちゃんと普通に生活していけるだけのお給料にしてくれていた。
「フランス企業で社員としてフルタイムで働き、その稼ぎだけで生活する。日本の貯金には手をつけない」が達成できる!! 1996年に初めてフランスを訪れたときに足を運んだブティックで、約10年後の自分が働くことになるなんて思ってもみなかった。
「お給料はいくら欲しい?」
へっ!?お給料ってそっちが決めるもんじゃないの!?
「お給料って私が決めるんですか?」
「そうだよ」
「日本では自分で決めないので、決めて下さい」
社長は笑いながら言った。
「ここはフランスだよ、決めていいよ」。
そうだ、ここはフランスだ。困った。そりゃたくさん欲しいというのが本音だけれど、厚かましいことは言っていられない。私を採用してくれただけでもありがたいのだから。
私は、SMIC(最低賃金)でいいと言った。社長は驚いた表情で言った。
「でも、パリで一人で生活していかないといけないんだろう?家賃も食費も、たまには友達と遊ぶお金も必要だろう?」
「はい、でも・・・」
確かに、SMICでは生活が苦しい。高い家賃と食費だけで精一杯で、遊ぶお金なんてとんでもない。きっと日本の貯金に手をつけないといけなくなるだろう。けれど、厚かましいことは言えない。私は困った。
考えこむ私を見て、社長は副社長と早口で何やら話し合い、私のお給料を決定したらしかった。あとで契約書にサインをするとき、書面に書かれたお給料を見てびっくりした。それは社長たちの心温かい配慮だった。SMICでいいと言った私だったのに、ちゃんと普通に生活していけるだけのお給料にしてくれていた。
「フランス企業で社員としてフルタイムで働き、その稼ぎだけで生活する。日本の貯金には手をつけない」が達成できる!! 1996年に初めてフランスを訪れたときに足を運んだブティックで、約10年後の自分が働くことになるなんて思ってもみなかった。
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